「生成AIを導入したいけれど、情報漏えいや法的トラブルが心配で踏み出せない」。 そんな悩みを抱えている企業の担当者は、決してめずらしくありません。

NRIが2025年に実施した調査によると、日本企業の57.7%が生成AIを導入済みと回答しています。 2023年の33.8%からわずか2年で約24ポイントも上昇しており、生成AIの普及はかつてないスピードで進んでいるといえるでしょう。

しかし、導入が広がるほど、リスクへの対処がおろそかな企業と万全な企業との差は大きくなります。 機密情報の漏えい、ハルシネーションによる誤判断、著作権侵害、ディープフェイクの悪用など、生成AIにまつわるリスクは多岐にわたります。

本記事では、生成AIのリスクを「利用者」「サービス提供者」「社会全体」の3つの視点で体系的に整理し、企業が取るべき具体的な対策を解説します。 さらに、EU AI法やAI事業者ガイドラインといった最新の規制動向にもふれながら、リスクを最小化しつつ生成AIを活用する戦略をお伝えします。

この記事を最後まで読むことで、自社に合ったリスク管理の全体像がつかめるはずです。

Index

生成AIの普及状況とリスクが注目される背景

生成AIは、ChatGPTの登場をきっかけに、ビジネスの現場で急速に存在感を高めてきました。 文章の作成や要約、プログラミングの補助、画像の生成など、活用の幅はますます広がっています。

その一方で、情報漏えいやフェイクニュース、著作権にかかわるトラブルも相次いで報道されるようになりました。 各国の政府機関も規制やガイドラインの整備を急いでおり、生成AIのリスクは企業経営において無視できないテーマとなっています。

ここでは、企業の導入状況、国内外のトラブル事例、そして法規制の動きという3つの角度から、リスクが注目される背景をくわしく見ていきます。

  • 生成AIの導入率は年々上昇し、過半数の企業がすでに活用している
  • Samsung事件やハルシネーション訴訟など、具体的なトラブル事例が蓄積されつつある
  • EU AI法の施行開始や日本のAI事業者ガイドライン策定など、規制環境も急速に変化している

企業の導入率と利用拡大の実態

生成AIの企業導入は、もはや「先進的な取り組み」ではなく「ビジネスの標準」になりつつあります。

NRIが2025年に公開した「ユーザー企業のIT活用実態調査」では、生成AIを導入済みと答えた企業は**57.7%**に達しました。 2023年度は33.8%、2024年度は44.8%でしたから、毎年10ポイント以上の増加が続いている計算です。

また、PwC Japanが5カ国を対象に実施した「生成AIに関する実態調査2025春」でも、日本企業の導入率は56%と世界平均なみの水準まで上がっています。 ただし、「期待を上回る効果があった」と答えた日本企業はわずか13%にとどまり、米国や英国の約50%と比べると大きな開きがあります。

調査名 導入率 注目データ
NRI IT活用実態調査(2025年) 57.7% 課題の70.3%が「リテラシー不足」
PwC 5カ国比較調査(2025年春) 56% 「期待超え」は日本13%、米英約50%
ジェトロ在欧日系企業調査 52.5% 前年27.9%からほぼ倍増

これらのデータから読み取れるのは、導入のスピードに対してリスク管理や人材育成が追いついていないという実態です。 効果を出している企業とそうでない企業の二極化が進んでおり、その差を分けているのは「リスクを正しく理解したうえで活用しているかどうか」だといえるでしょう。

国内外で相次ぐトラブル事例と社会的関心の高まり

生成AIの普及にともない、企業や個人がトラブルに巻き込まれるケースが世界中で報告されています。 こうした事例の蓄積が、社会全体のリスク意識を高める大きなきっかけとなっています。

とくに注目を集めたのは、韓国Samsung社で起きた機密情報漏えい事件です。 同社の技術者がChatGPTに社内のソースコードや会議の内容を入力したところ、その情報がAIの学習データとして取り込まれ、外部に流出するおそれがある状態になりました。 この事件を受けて、Samsungは生成AIの業務利用を厳しく制限する措置をとっています。

海外では、ChatGPTが政治家の経歴について事実とことなる情報を生成し、それが拡散されたことで名誉毀損の訴訟に発展した事例もあります。 日本国内でも、生成AIの回答をそのまま顧客対応や報告書にもちいた結果、事実誤認が含まれていたケースが報告されています。

さらに、生成AIを悪用したサイバー攻撃も現実の脅威となっています。 日本では対話型の生成AIをつかってマルウェアを作成した人物が逮捕される事件が発生しました。

  • Samsung社員によるChatGPTへの機密コード入力と情報流出リスクの発覚
  • ChatGPTのハルシネーションに起因する海外の名誉毀損訴訟
  • 生成AIをもちいたマルウェア作成での国内逮捕事例
  • Amazonの採用AIが過去データの偏りにより女性を不利に評価した問題

これらの事例は、生成AIのリスクが「理論上の可能性」ではなく「すでに起きている現実の問題」であることを示しています。

EU AI法やAI事業者ガイドラインなど法規制の動向

生成AIのリスクに対して、各国の政府機関も迅速に動きはじめています。 企業にとっては、こうした法規制への対応が新たな経営課題として浮上しています。

もっとも影響力の大きい動きは、**EUが2024年8月に発効させた「EU AI法」**です。 これは世界初のAIに関する包括的な法規制であり、AIをリスクの程度によって分類し、レベルに応じた義務を課すしくみになっています。 2025年2月には「禁止されるAI」に関する規制の適用がすでに開始されており、2026年8月には多くの規定が全面施行される予定です。

注目すべきは、EU AI法には域外適用の規定があるという点です。 日本企業であっても、EU域内にAIシステムやサービスを提供する場合には適用の対象となりえます。 違反時の制裁金は最大3,500万ユーロ(約54億円)、または全世界の年間売上高の7%と、きわめて高額に設定されています。

一方、日本では2024年4月に総務省と経済産業省が「AI事業者ガイドライン(第1.0版)」を策定しました。 2025年6月には「AI基本法」も公布されており、イノベーションの促進と安全の確保を両立させる枠組みづくりが進んでいます。

規制・ガイドライン 策定時期 特徴
EU AI法 2024年8月発効 リスクベースの包括規制、域外適用あり
AI事業者ガイドライン(日本) 2024年4月策定 ソフトロー型、自主的な取り組みを促進
AI基本法(日本) 2025年6月公布 研究開発促進と安全確保の基本方針

企業がこれらの規制に適切に対応するためには、まず自社のAI利用状況を正確に把握し、どの規制の対象となりうるかを見きわめることが第一歩となります。

名古屋を拠点にWebコンサルティングをおこなう株式会社エッコでは、こうした最新のAI動向を踏まえたうえで、企業のデジタル戦略をサポートしています。 生成AIの活用を検討しているものの、リスク面で不安を感じている方は、まず専門家に相談してみるとよいでしょう。

生成AIにおける主要リスクを3つの視点で整理する

生成AIのリスクは、立場によって見え方がことなります。 業務で生成AIをつかう「利用者」、生成AIのサービスを開発・提供する「サービス提供者」、そして情報操作や雇用問題といった「社会全体」に影響を及ぼすリスクと、大きく3つの視点から整理できます。

この3つの視点は相互に関連しています。 たとえば、利用者が機密情報を入力して漏えいが起これば、それは社会的な信用の毀損にもつながります。 社会全体でリスクへの意識が高まれば、規制が強化され、サービス提供者は新たな対応を迫られます。

視点 主なリスク 影響を受ける主体
利用者 情報漏えい、ハルシネーション、著作権侵害 企業の従業員、個人ユーザー
サービス提供者 バイアス、セキュリティ脆弱性、法規制対応 AI開発企業、クラウドサービス事業者
社会全体 ディープフェイク、雇用への影響、透明性 市民、政府、メディア

以下では、それぞれの視点ごとに具体的なリスクの内容と発生メカニズムをくわしく解説します。

利用者が直面するリスク

生成AIを業務でつかう従業員や個人ユーザーが、まず知っておくべきリスクがあります。 入力した情報がどう扱われるのか、出力された内容は正しいのか、他者の権利を侵害していないか。 これらのリスクは、生成AIの便利さに頼りすぎると見落としやすいため、とくに注意が必要です。

  • 機密情報や個人情報の意図しない漏えい
  • ハルシネーション(もっともらしいウソ)による誤った意思決定
  • 生成コンテンツが既存の著作物に似てしまう著作権侵害リスク

機密情報・個人情報の漏えい

生成AIに入力したデータは、サービスの種類や設定によっては、AIの学習データとして取り込まれる可能性があります。 つまり、社内の機密情報や顧客の個人情報を不用意に入力すると、その内容がほかのユーザーへの回答に反映されるリスクがあるのです。

Samsung社の事例では、技術者がChatGPTにソースコードや社内会議の議事録を入力したことが問題になりました。 入力されたデータがAIの学習に利用されると、第三者の質問に対する回答のなかで機密情報が再現されるおそれがあります。

日本国内でも、個人情報保護委員会がOpenAIに対して、ユーザーの個人情報を本人の同意なく収集しないよう要請しています。

漏えいのパターン 具体例
学習データへの取り込み 入力した営業秘密が他者への回答に反映される
プロンプト履歴の流出 アカウント乗っ取りで入力履歴が閲覧される
API経由の意図しない送信 社内システムと連携した際にデータが外部サーバーへ送られる

このリスクを防ぐためには、入力してよい情報と入力してはいけない情報の基準を明確にすることが不可欠です。 多くの生成AIサービスでは、入力データを学習に利用しないオプトアウト設定が用意されているため、業務利用の際にはかならず確認しましょう。

ハルシネーション(誤情報生成)による誤判断

生成AIがもっともらしいウソを自信たっぷりに出力してしまう現象を、ハルシネーションと呼びます。 これは生成AIの構造的な特性であり、現時点では完全に防ぐことができません。

生成AIは「次にくる可能性がもっとも高い単語」を確率的に予測して文章を組み立てています。 そのため、事実を検証する機能をもっておらず、存在しない論文を引用したり、架空の判例をもちだしたりすることがあります。

海外では、弁護士がChatGPTに判例調査を依頼したところ、実在しない判例を含む文書を裁判所に提出してしまい、処分を受けた事例が大きく報道されました。

  • 架空の統計データや研究結果をもっともらしく生成する
  • 実在しない人物の経歴や発言をでっちあげる
  • 過去の情報と最新の情報を混同して出力する

ハルシネーションのリスクを軽減するためには、生成AIの出力をかならず人間が確認するというルールを徹底することが大切です。 とくに法務・医療・金融といった分野では、誤情報がもたらす影響が大きいため、複数の情報源でのクロスチェックが欠かせません。

著作権・知的財産権の侵害

生成AIが出力したコンテンツが、既存の著作物と類似している場合、著作権侵害にあたる可能性があります。 AIは膨大な学習データをもとに出力をおこなうため、学習元のコンテンツと似た表現やデザインが生まれることは構造上避けられません。

日本の著作権法では、AIが既存の著作物を学習すること自体は原則として許諾なくおこなえるとされています。 しかし、生成された成果物を公開したり販売したりする際に、既存の著作物との類似性や依拠性が認められると、著作権侵害として損害賠償や差止請求の対象となりえます。

実際に、ニューヨーク・タイムズがOpenAIを著作権侵害で提訴した事例や、米国の作家たちが自身の著作物が無断で学習に利用されたとして訴訟を起こした事例が話題になりました。

著作権リスクの場面 注意点
テキスト生成 既存記事の表現がそのまま出力される可能性
画像生成 特定のアーティストの画風に酷似した作品が生成される
コード生成 オープンソースのライセンス違反にあたるコードが出力される

企業が生成AIで作成したコンテンツを外部に公開するさいは、既存の著作物と類似していないかを事前に確認するフローを設けることが重要です。

サービス提供者に生じるリスク

生成AIのサービスを開発・提供する企業には、利用者とはことなるレベルのリスクが存在します。 学習データの品質管理、サイバー攻撃への対策、そして急速に変化する法規制への対応が求められます。

  • 学習データに含まれるバイアスが差別的な出力を生むリスク
  • プロンプトインジェクションなどのセキュリティ脆弱性
  • 各国の規制強化にともなう法的制裁のリスク

学習データに起因するバイアスと差別的出力

生成AIの出力は、学習に使用されたデータの質と偏りに大きく左右されます。 学習データにバイアスが含まれていると、その偏りが出力にそのまま反映されるのです。

代表的な事例として、Amazonが開発した採用AIが挙げられます。 過去の採用データを学習したAIが、「技術職に応募する女性」を不利に評価する傾向を示し、同社はこのシステムの運用を中止しました。

また、画像生成AIに「医師の画像を作成して」と指示したところ、出力のほとんどが特定の人種や性別に偏っていたという報告もあります。

  • 採用支援AIが特定の性別や人種を不当に低く評価する
  • 画像生成で特定の属性に偏った出力が繰り返される
  • 翻訳AIが性別に関するステレオタイプを含んだ訳文を生成する

総務省の「令和6年版情報通信白書」でも、既存の情報に含まれる偏見をAIが増幅し、**不公平または差別的な出力が継続・拡大する「バイアスの再生成」**のリスクが指摘されています。

セキュリティ脆弱性とサイバー攻撃への悪用

生成AIは、悪意のある攻撃者にとっても強力なツールとなりえます。 とくに問題視されているのが、プロンプトインジェクションと呼ばれる攻撃手法です。

プロンプトインジェクションとは、AIに対して巧妙な指示を入力することで、本来は公開されるべきでない内部情報やシステム設定を引き出す手法のことです。 2023年には、米国の大学生がMicrosoftのBingチャットに対してこの手法をつかい、開発用コードネームなどの非公開情報を引き出すことに成功した事例が報告されています。

さらに、生成AIがプログラミングコードを生成できることを悪用し、専門知識がなくてもマルウェアを作成できるようになったことも深刻な問題です。

攻撃手法 概要 被害例
プロンプトインジェクション 特殊な指示で内部情報を引き出す 開発コードネームの暴露
マルウェア生成 AIにウイルスのコードを書かせる 国内でも逮捕事例あり
フィッシングメール作成 自然な文章の詐欺メールを大量生成 見破りにくい精巧な詐欺メールが増加

ChatGPTなどの主要なサービスには、犯罪をほう助する質問には応じないガードレールが設けられています。 しかし、この対策を回避する新しい手口がつぎつぎと登場しており、いたちごっこの状態が続いています。

規制対応の遅れによる法的制裁

生成AIをめぐる規制は、世界各国で急速に整備が進んでいます。 この流れに対応が追いつかない企業は、意図せず法令に違反し、高額な制裁金を科される危険性があります。

EU AI法では、禁止されるAIに関する規制に違反した場合、最大3,500万ユーロ(約54億円)または全世界年間売上高の7%のいずれか高い方が制裁金として課されます。 この金額は、GDPRの制裁金と比較しても非常に高い水準です。

日本国内では現時点で罰則をともなうAI規制法は施行されていませんが、AI事業者ガイドラインへの準拠が求められる場面は増えていくと予想されます。

  • EU AI法の制裁金は最大で全世界売上高の7%にのぼる
  • 日本のAI基本法は罰則規定をもたないが、今後の法整備で変わる可能性がある
  • 個人情報保護法やプロバイダ責任制限法など、既存の法律での責任追及もありうる

規制環境が流動的な今だからこそ、最新の動向を継続的にウォッチし、先回りして対策を講じる姿勢が求められます。

社会全体に影響を及ぼすリスク

生成AIのリスクは、個々の企業や利用者にとどまらず、社会全体にも広がっています。 偽情報の拡散、雇用構造の変化、AIの意思決定プロセスの不透明さなど、民主主義や社会的公正にかかわる問題が指摘されています。

  • ディープフェイクによる政治的な情報操作や詐欺の増加
  • 知的労働の自動化がもたらす雇用や働き方への影響
  • AIの判断根拠がわからないブラックボックス化の問題

ディープフェイクを利用した情報操作

ディープフェイクとは、ディープラーニング技術をつかって、実在する人物の顔や声をリアルに再現する技術のことです。 生成AIの発達により、人間の目では本物と区別できないほど精巧な偽動画や偽音声が、専門知識がなくても作成できるようになりました。

とくに懸念されているのが、政治的な情報操作への悪用です。 選挙期間中に政治家の偽の発言動画が拡散されたり、企業の経営者になりすました偽の音声で詐欺がおこなわれたりするケースが、海外を中心に報告されています。

悪用の種類 リスクの内容
政治的なフェイク動画 選挙結果や世論を意図的に操作するおそれ
企業経営者へのなりすまし 偽の指示による不正送金や情報流出
SNSでの偽情報拡散 社会的なパニックや風評被害を引き起こす

企業としては、自社やその関係者がディープフェイクの被害にあう可能性をあらかじめ想定し、情報の真偽を確認するしくみを整えておくことが大切です。

雇用・労働市場への影響

生成AIの進化は、雇用や働き方にも大きな影響をおよぼしつつあります。 従来のAIが主に定型作業を自動化してきたのに対し、生成AIは文章作成、翻訳、分析、プログラミングなど知的労働の領域にまで自動化の範囲を広げています。

たとえば、マーケティング部門でのコンテンツ作成、法務部門での契約書レビュー、カスタマーサポートでの問い合わせ対応など、これまで人間がになってきた業務の一部が、生成AIによって置き換えられはじめています。

  • 定型的な文書作成業務の自動化がすでに進行している
  • コールセンターのオペレーション効率化にAIチャットボットが導入されている
  • プログラマーの生産性がAIの補助によって飛躍的に向上している

一方で、生成AIを活用できる人材と活用できない人材との間でスキルの格差が拡大するリスクも指摘されています。 企業は、AIに仕事を奪われることを過度に恐れるのではなく、AIと協働するための新しいスキルセットを従業員に習得させる戦略が求められます。

AIの透明性とブラックボックス化の問題

生成AIの大きな課題のひとつが、出力の根拠や判断ロジックが人間にとって不透明であるという点です。 なぜその回答に至ったのかを説明できない「ブラックボックス」の性質は、ビジネスの意思決定において重大なリスクをはらんでいます。

たとえば、生成AIが作成した報告書やプレゼン資料の内容が正しいかどうかを、利用者が自力で検証できないケースが少なくありません。 法務・医療・金融といった分野では、この不透明さがコンプライアンス上の問題に直結する可能性があります。

分野 ブラックボックス化の影響
法務 根拠不明の法的助言にもとづく意思決定のリスク
医療 AIによる診断補助の根拠が説明できないおそれ
金融 信用審査の判断プロセスが不透明になる問題
人事 採用・評価の公平性を担保できないリスク

ChatGPTやGemini、Claudeなど一部のサービスは情報源の提示に対応しはじめていますが、多くの生成AIはいまだにブラックボックスの状態です。 企業がこのリスクに対処するためには、AIの出力結果をかならず人間がレビューするプロセスを組み込むことが不可欠です。

企業が実践すべき生成AIリスク対策

ここまで見てきたように、生成AIのリスクは多岐にわたります。 しかし、リスクがあるからといって生成AIの活用を避けることは、競争力の低下につながりかねません。 大切なのは、リスクの内容を正しく理解し、実効性のある対策を講じたうえで活用するという姿勢です。

以下では、企業が今すぐ取り組める具体的な対策を4つの観点から解説します。

対策の観点 具体的な施策
ルールの整備 AI利用ポリシーとガイドラインの策定
人材の育成 従業員向けリテラシー教育と研修
技術的な対策 安全なサービスの選定とセキュリティ対策
運用の仕組み 人間によるチェック体制と出力検証フロー

AI利用ポリシーとガイドラインの策定方法

生成AIを業務で安全に活用するための第一歩は、社内での利用ルールを明文化することです。 ルールが曖昧なまま利用が広がると、従業員ごとに判断基準がバラバラになり、情報漏えいや著作権侵害といったトラブルが起きやすくなります。

ガイドラインに盛り込むべき内容としては、以下のようなものが挙げられます。

  • 入力してよい情報と禁止する情報の明確な区分(機密情報、個人情報は入力禁止など)
  • 利用を許可する生成AIサービスの一覧と利用条件
  • 生成された成果物を外部に公開するさいの承認プロセス
  • 著作権や知的財産権にかかわる注意事項
  • 違反した場合の対応フロー

策定にあたっては、デジタル庁が公開している「テキスト生成AI利活用におけるリスクへの対策ガイドブック」が参考になります。 自社の業種や事業内容に合わせてカスタマイズし、定期的に見直しをおこなう運用体制を整えることが重要です。

従業員向けリテラシー教育と研修の実施

ガイドラインを策定しても、従業員がその内容を理解していなければ効果は限定的です。 NRIの調査では、生成AI活用の課題として**70.3%の企業が「リテラシーやスキル不足」**を挙げています。

リテラシー教育で重点的に扱うべきテーマとしては、以下のようなものがあります。

テーマ 内容
情報セキュリティ 入力してはいけない情報の具体例と理由
ハルシネーション 出力結果を鵜呑みにしないための事実確認の方法
著作権 生成物を利用するさいの法的注意点
効果的な活用法 業務の質を高めるプロンプト設計の基本

研修は一度きりではなく、定期的に実施して最新の情報をアップデートしていくことが大切です。 生成AIの技術は急速に進化しているため、半年前のベストプラクティスがすでに古くなっている可能性があります。

株式会社エッコでは、企業のデジタルリテラシー向上を支援するコンサルティングもおこなっています。 自社だけでの研修体制の構築がむずかしい場合は、外部の専門家の力を借りることも有効な選択肢です。

安全なサービス選定と技術的セキュリティ対策

すべての生成AIサービスが同じセキュリティレベルを備えているわけではありません。 業務で利用するサービスを選ぶさいは、データの取り扱いに関するポリシーを慎重に確認する必要があります。

確認すべき主なポイントとしては、以下の項目が挙げられます。

  • 入力データがAIの学習に利用されるかどうか(オプトアウトの可否)
  • データの保存場所とアクセス権限の管理体制
  • SOC 2やISO 27001などのセキュリティ認証の取得状況
  • エンタープライズ向けプランの有無(データを社内で処理できるかどうか)
  • ログの記録と監査機能の充実度

技術的な対策としては、許可されたAIサービス以外へのアクセスを社内ネットワークレベルで制限することや、入力データを匿名化してから送信するしくみの導入が考えられます。 Azure OpenAI ServiceやAmazon Bedrockなどのエンタープライズ向けサービスは、データが外部に保存されない環境を構築できるため、機密性の高い業務にはこうしたサービスの利用が推奨されます。

人間によるチェック体制と出力検証フローの構築

生成AIのリスク対策のなかでもっとも重要なのは、AIの出力結果をかならず人間が確認する体制を構築することです。 どれほど高性能なAIであっても、ハルシネーションやバイアスを完全に排除することはできません。

効果的な検証フローの構築には、以下のようなステップが考えられます。

ステップ 内容
1. 用途の定義 AIをどの業務にどの程度まで利用するかを事前に決める
2. 出力の確認 生成された内容の事実関係を一次情報源で確認する
3. 権利チェック 著作権や商標権を侵害していないかを検証する
4. 承認プロセス 外部に公開する成果物は上長や専門部署の承認を経る
5. 記録と改善 問題が発生した場合の記録を残し、フローを継続的に改善する

自治体のなかには、AIが作成した回答に「この回答はAIが生成しました」と明記しているところもあります。 こうした透明性の確保は、利用者の過信を防ぐうえでも効果的です。

「AIの出力はあくまで下書き」という意識を組織全体に浸透させることが、もっとも基本的で効果の高い対策だといえるでしょう。

国内外のAI規制と企業が準拠すべきガイドライン

生成AIの普及にともない、各国で規制やガイドラインの整備が急ピッチで進んでいます。 企業がコンプライアンスを確保しながら生成AIを活用するためには、自社に関係する規制の内容を正しく理解し、対応の優先順位を見きわめることが欠かせません。

以下では、日本国内と海外の主要な規制・ガイドラインを取り上げ、企業が押さえるべきポイントを解説します。

  • 日本の「AI事業者ガイドライン」は自主的な対応を促すソフトロー型
  • EU AI法はリスクベースの包括規制で、日本企業にも域外適用の可能性がある
  • デジタル庁やIPAのガイドブックは実務的なリスク評価に役立つ

総務省・経産省「AI事業者ガイドライン」のポイント

2024年4月に総務省と経済産業省が共同で策定した「AI事業者ガイドライン(第1.0版)」は、日本におけるAIガバナンスの基盤となる文書です。 法的拘束力のないソフトロー型のガイドラインですが、企業が生成AIを安全に活用するための基本方針として広く参照されています。

このガイドラインでは、AIに関するリスクを「従来から存在するリスク」と「生成AIによって顕在化したリスク」に分類しています。

リスクの分類 具体例
従来型のAIリスク バイアスのある出力、データ汚染攻撃、エネルギー消費の増大
生成AIで顕在化したリスク ハルシネーション、個人情報の流出、ディープフェイクによる偽情報

ガイドラインの特徴は、リスクの存在を理由にAIの活用を妨げるものではないと明記している点です。 「リスクを認識し、便益とのバランスを検討したうえで、積極的にAIを活用してイノベーションにつなげることが期待される」と述べられています。

企業が対応する際のステップとしては、まず自社のAI利用状況を棚卸しし、ガイドラインに照らしてリスクの有無を評価することが推奨されています。

EU AI法の概要と日本企業への影響

EU AI法は、2024年8月に発効した世界初のAIに関する包括的な法規制です。 AIシステムをリスクの程度によって4段階に分類し、リスクが高いほど厳しい義務を課す「リスクベース・アプローチ」を採用しています。

規制の適用は段階的におこなわれており、2025年2月には「禁止されるAI」の規定がすでに適用開始されています。

施行時期 適用される規制
2025年2月 許容できないリスクをもつ「禁止AI」の利用禁止
2025年8月 汎用目的AIモデルに関する規制
2026年8月 高リスクAIシステムへの規制(全面施行)
2027年8月 特定の高リスクAIへの第三者適合性評価の義務化

日本企業にとって見逃せないのが、域外適用の規定です。 EU域内にAIシステムを提供する場合はもちろん、AIのアウトプットがEU域内で利用される場合にも適用される可能性があります。

違反時の制裁金は最大3,500万ユーロまたは全世界年間売上高の7%と非常に高額であり、企業経営に甚大な影響をおよぼしかねません。 EU市場で事業を展開している企業や、EU域内のグループ会社にAIを提供している企業は、早急にリスクの棚卸しをおこなう必要があります。

なお、2025年11月には欧州委員会が高リスクAIの規制適用時期を最大16カ月延期する方針を示しており、規制の見直しも進んでいます。 こうした動向を継続的にウォッチし、柔軟に対応していく姿勢が求められます。

デジタル庁やIPAが提示するリスク評価基準

日本国内では、デジタル庁やIPA(情報処理推進機構)が実務に活用できるリスク評価のフレームワークを提供しています。

デジタル庁が公開する「テキスト生成AI利活用におけるリスクへの対策ガイドブック」は、行政機関向けに作成されたものですが、民間企業にとっても参考になる具体的なリスク評価の手法が示されています。 利用目的の明確化、リスクの洗い出し、対策の立案というステップが体系的にまとめられており、初めてAIのリスク評価にとりくむ企業にも活用しやすい内容です。

IPAは、AIの安全性やセキュリティに関する技術的なガイダンスを継続的に発信しています。

  • デジタル庁「テキスト生成AI利活用におけるリスクへの対策ガイドブック」
  • IPA「AIセキュリティに関するガイドライン」
  • 総務省「AI事業者ガイドライン(第1.0版)」
  • 文部科学省「教育分野における生成AIの利用に関する暫定的なガイドライン」

これらの公的なガイドラインは無料で閲覧できるため、まずは自社に関連するものに目を通すことから始めましょう。 自社だけでリスク評価や対策の検討がむずかしいと感じた場合は、Webコンサルティングの知見をもつ外部パートナーに相談することも選択肢のひとつです。

リスクを最小化しながら生成AIを活用する戦略

生成AIのリスクを把握し、対策を講じたうえで次に考えるべきは、いかにして安全に導入を進め、ビジネスの成果につなげるかという戦略です。

リスクをゼロにすることは現実的ではありません。 しかし、段階的なアプローチをとり、利用範囲をコントロールし、継続的にモニタリングするしくみを整えれば、リスクを許容可能な範囲に抑えながら生成AIの恩恵を最大化することは十分に可能です。

戦略の柱 目的
段階的な導入とPoC 小さく始めて効果とリスクを検証する
リスクレベルに応じた利用範囲の設定 業務の重要度に応じて利用の可否を判断する
継続的なモニタリングとガバナンス 変化する環境にあわせて運用を改善し続ける

段階的な導入とPoC(概念実証)の進め方

生成AIの導入で失敗しないためのカギは、いきなり全社展開するのではなく、小さな範囲からPoC(概念実証)を始めることです。 PoCとは、特定の業務や部門に限定してAIを試験導入し、効果やリスクを検証するプロセスのことです。

PoCを効果的に進めるためのステップとしては、以下のような流れが推奨されます。

  • 自社の業務を棚卸しし、生成AIで効率化できそうな領域を洗い出す
  • もっともリスクが低く、効果が見えやすい業務からPoC対象を選定する
  • 評価基準(業務時間の削減率、品質の変化、トラブルの有無など)をあらかじめ設定する
  • PoCの結果をもとに、利用範囲の拡大・縮小を判断する
  • 成功事例を社内で共有し、横展開の基盤をつくる

PwCの調査では、高い効果を上げている企業は経営陣のリーダーシップのもとで生成AIを中核プロセスに統合し、ガバナンス体制を整備していることが共通点として挙げられています。 一方、効果が期待を下回る企業は、生成AIを「単なるツール」として断片的に導入しているケースが多いと報告されています。

リスクレベルに応じた利用範囲の設定

生成AIをすべての業務に一律で適用するのではなく、業務ごとにリスクレベルを評価し、それに応じた利用範囲を設定することが重要です。 EU AI法が採用しているリスクベース・アプローチの考え方は、企業内の運用にも応用できます。

リスクレベル 業務の例 利用の方針
低リスク 社内向けの文書要約、アイデア出し 積極的に活用し、効率化を図る
中リスク マーケティングコンテンツの下書き、議事録作成 利用は許可するが人間のレビューを必須とする
高リスク 法的文書の作成、顧客への公式回答 利用を制限し、専門家の承認を経る
禁止 機密情報を含む業務、個人の評価・選考 生成AIの利用を禁止する

このような分類を社内ガイドラインに組み込むことで、従業員が迷うことなく適切な判断をくだせるようになります。 重要なのは、一度つくったルールを固定するのではなく、技術の進化や規制の変化にあわせて定期的に見直すことです。

継続的なモニタリングとガバナンス体制の構築

生成AIのリスク管理は、一度対策を講じて終わりではありません。 AIの技術は日進月歩で進化しており、それにともなって新たなリスクや規制が登場します。 そのため、継続的にモニタリングをおこない、ガバナンス体制を強化し続けることが不可欠です。

効果的なガバナンス体制を構築するために、以下の要素を整えることが推奨されます。

  • AI利用に関する責任者(AI統括責任者やAI倫理委員会など)の設置
  • 利用状況のログ記録と定期的な監査の実施
  • インシデント発生時の報告・対応フローの整備
  • 最新の法規制やガイドラインの動向を継続的にウォッチする体制
  • 社外の専門家やコンサルタントとの連携体制

PwCの5カ国比較調査では、各国で高い効果を上げている企業に共通する特徴として、経営陣が主導する強固なガバナンス体制が挙げられています。 AIの活用を現場任せにするのではなく、経営戦略の一環として位置づけることが成功の分かれ目となります。

生成AIの導入からリスク管理、運用改善まで、一貫した支援が必要と感じたら、株式会社エッコのようなデジタル戦略の専門家にご相談ください。 Webコンサルティングで培ったノウハウをもとに、お客様の課題にあわせた最適な解決策をご提案します。

まとめ

生成AIは、業務の効率化や新しい価値の創出において大きな可能性を秘めた技術です。 しかし、その恩恵を最大限に引き出すためには、リスクを正しく理解し、適切な対策を講じることが欠かせません。

本記事でお伝えしたポイントを、あらためて整理します。

  • 生成AIのリスクは「利用者」「サービス提供者」「社会全体」の3つの視点で整理できる
  • 機密情報の漏えい、ハルシネーション、著作権侵害、バイアスなど、リスクは多岐にわたる
  • AI利用ポリシーの策定、従業員教育、安全なサービス選定、人間によるチェック体制が基本的な対策となる
  • EU AI法やAI事業者ガイドラインなどの規制動向を継続的にウォッチすることが重要
  • 段階的な導入とリスクレベルに応じた利用範囲の設定で、安全と活用を両立できる

リスクを理由に生成AIの導入を先送りすることは、それ自体が競争力低下のリスクとなりえます。 大切なのは、リスクを恐れることではなく、リスクを管理できる体制を整えたうえで一歩を踏み出すことです。

生成AIの活用について、自社の状況にあわせた具体的なアドバイスが必要な場合は、名古屋のWebコンサルティング会社である株式会社エッコにお気軽にご相談ください。 デジタル戦略の専門家が、リスク管理から効果的な活用方法まで、トータルでサポートいたします。

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